秘密の運営メモ

> あと、このシステムだと、一人で複数のアカウントを取得して、アカウント間で空の取引をするだけで 片方のアカウントの残高をいくらでも増やせてしまいますね。
一人で複アカしなくても、誰かと協力すれば同じことは可能ですよね。 結局、残高がマイナスになるということに対するリミッターとして作用する何かが存在しないことには「歯止め」が効かない、ということなのかな。 そう考えると「ない袖は振れない」は原始的ながら見事に「帳尻の合う」システムですね。システム以前というべきか。 でもその「ない袖効果」というものを「マネーの側」ではなく「実在の富の側」に期待する、ということなのですよね?  マネーは無限に増やせても「ないものは買えない」。それじゃダメなのか。それじゃダメなのか。それじゃダメなのか。
> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
あと、このシステムだと、一人で複数のアカウントを取得して、アカウント間で空の取引をするだけで 片方のアカウントの残高をいくらでも増やせてしまいますね。 マイナスになることに何らかの不都合があるのだとしても、そっちのアカウントは捨ててしまえばいいわけだし。 こういうのは本人確認なりなんなりでアカウントは一人一つに限定されている、ということにする必要があるということかな。 そんなものはいくらでも回避できるとは思いますが、建前として。
> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
できるだけ自分のウォレットの残高はプラスにしておいた方がよい、というインセンティブが生じるような、 何らかのルール付け程度はあってもいいのかもしれません。 ちなみに、それを「利子」にしてしまうと「溜め込む方が有利=流通しない=不景気」なのですよね。 では利子以外で何かないかな?
> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
結局は「世の中に存在しないモノを買うことはできない」のだから、 交換の手段でしかないマネーが無限に借金可能なのだとしても、 全体的・現実的には何一つミラクルは起きていない。ミラクルを前提とするものでもない。 だから、それでいいんじゃないでしょうか? ますいことがあるとしたら、それは何だろう?  それは「買い勝ち」に傾くことである、ということですか。ふむ。それだけ? そんなに大問題なのかな?  これでその社会がダメになってしまうなら、ダメになっちゃえばいいんじゃないの?
>> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
>> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
>そういえばこれって、クレジットカードと同じなのかもしれません。
「残高をマイナスにする」ということに対して、何らかのペナルティが必要なのかな。 一方的な「買い勝ち」を防ぐにはその必要がある。 さて、クレジットカードや通常の借金の場合は「利子がつく」というのがそのペナルティになっているわけですね。 いや、でも無限に貸し手が存在して無限に借りることができるなら、いくら利子がついたって「構わない」んじゃないですか?  結局のところ「借金は悪いことだ」という「常識感」が共有されている、だけ、ということか。 現実には複数の借り手から借り続けようと思っても、 借金がかさむにつれて、貸してくれる人がいなくなってくる。 それはなぜかと言えば、返してもらえる見込みが低い、という判断が生じるからです。 もし借金が悪いことだなんて誰も思っていなくて、誰でも好きなだけ借金ができる世の中だとすれば、 貸し手にとってもそれは同じなのであり、つまり「返ってこなくても構わない」ということになる。 結局のところ、そこに歯止めをかけているのは「借金は悪いことだ」という(実は根拠のあやふやな)「常識感」でしかない、ような気がします。 そういう観念的なリミットを取っ払うとどうなるのか? というのが「残高をマイナスにできる仮想通貨」の意味なのかもしれません。
> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
そういえばこれって、クレジットカードと同じなのかもしれません。 手元に現金がなくても買い物ができてしまう。 実際、もしも世の中に無限にクレジットカード会社があって誰でも無限枚のクレジットカードを入手できるなら、 無限に借金をして無限に買い物ができる。 しかし世の中に存在する実物のモノやサービスは無限ではない。 マネーに制限がなくても、そこには制限がある。
全体のつじつまは保たれている。 しかし個人のスケールでは「買い勝ち」になってしまう。 実際の富を生産する側にインセンティンブがない。すると徐々にコミュニティ全体の実際の富は枯渇していく。 「買い勝ち」というのはそういうことか。
> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
これだと結局、お金を持ってなくても買い物ができてしまうんですよね。 「常識的な感覚」からすると「それはおかしい」はず。しかし、 そのマネーが使われているコミュニティ全体の富の総量とマネーの総量のバランスという観点では 何もマズイことは起きていない。 それよりもむしろ、事前にマネー自体を「発行」しておく、という方式の方こそ、 「その発行量の根拠は何なんだ?」と疑わなければおかしいはず。

・事前の「発行」を一切しない
・ウォレットの残高はマイナスにもできる

これで全体的にはつじつまが合うような気がする。全体的には。

いや、でも、好きなだけマイナスにできるのなら、無限に買い物ができてしまうってことですよね? 「買い勝ち」になってしまう。個人のスケールでは。 そうするといずれコミュニティ内の実際の富が枯渇していく。 存在しないものは買えない。

うん。それでいいんじゃないんですか?
よくないのかな? うーん。
> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
「通貨」というものを単に「交換が行われたことの証明」でしかない、と割り切る。 重要なのはそのコミュニティの内部に人間にとって価値のあるモノやサービスが実際に存在すること、です。 そうした「実際の富の総量」と「マネーの総量」にアンバランスが生じると悪いことが起きる。 マネーの方が多ければインフレであり、少なければデフレです。
マネーを事前に発行して市場に流通させる方式の場合は常にバランスを気にする必要があります。 しかし「実際の富の総量」に応じてその都度マネーが出現するならば、バランスは常に保たれます。 つまり取引のたびにマネーが出現すればいい(なければ)。 それなら「必要なのに流通しない」ということは根源的にありえません。 事前に余分に発行しておく必要もありません。 仮想通貨ではお約束の「マイニング」も不要です。
> 仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか?
> 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。
通貨には価値の裏付けが必要です。仮想であれ何であれそれは同じです。では何を価値の裏付けとするか?  「取引が行われた」という事実そのものを裏付けということにすれば一番確実です。 たとえば商品が100マネーで売れた(買った人がいる)とすれば、 そのマネーが流通しているコミュニティ内に100マネー相当の価値が存在したということです。 そういう取引が発生したという事実そのもの、が、その価値の裏付けです。 買い手が借金をしたのかどうかはどうでもいいことです。 そして売り手にとっては買った人が借金をしたかどうかに関係なく、売れれば売れた分のマネーが手元に入ってくることになる。 借金をするということはコミュニティ内にマネーを出現させるということです。 この方式では出現するマネーの総量がコミュニティ内の富の総量に一致するはずです。 ん? しないのかな? 待てよ、よくわからなくなってきた。 コミュニティ内のマネーの総合計は常にゼロになるはずです。総合計しちゃうとゼロになる。 ここで言う「コミュニティ内の富の総量と一致するマネーの総量」というのはプラス側に傾いているウォレットの残高の総合計、 ってことでいいのかな? よくわからなくなってきた。おのれ〜。
仮想通貨で、残高をマイナスにできるものってないんでしょうか? 残高がゼロの状態でも他の人のアカウントに対して支払いをすることができる。 つまりシステム的に借金のようなことが可能になっている、ということです。 そういうことができるようになっている仮想通貨があってもよさそうな気がします。 と思って検索してみたら、ビットコインで一儲けしようと思ったら逆に借金を抱えてしまった、みたいな記事ばっかり出てくる。 これだから検索エンジンは。
「仕事」は麻薬ですね。 「仕事」である以上とにかくやらねばならない、という性質がある。 それ以外の要素が捨象される。視野が狭くなるとともに選択肢がなくなる。考えるべきことが最小化される。 やればそれなりの報酬が得られる。やり終えると急激に虚しくなる。 虚しさを埋め合わせるために再び次の「仕事」を求めてしまう。まさに依存症そのもの。
本当に大事なことは何だっただろう? 見失ってはいけない。
マネーはどこで生まれているか?  たとえば誰かが企業で労働をすると、賃金という名目でマネーがもらえます。 ではそのマネーは元を正せばどこから出てきたのか?  企業が銀行から借金したお金です。  世の中に流通しているマネーは全て元を正せば誰かの借金です。

「銀行→企業→労働者」というのがいわゆる一般的なマネーの流れです。 「銀行→企業」の段階で(借金として)マネーが世の中に出現する。

これと同じことを銀行を介さずに行うとどうなるか?
たとえば私が店に行って何かを買うとします。しかしサイフの中はカラです。 そこで私は店から借金をして商品を手に入れます。
さて、その商品は「いくら」であったのか?
私が払った値段がその値段です。私が借金をしてそれを手に入れたということが その商品にその値段分の価値があったという既成事実です。 私とその店が所属しているコミュニティ内にその値段分のマネーがある、ということになった。

銀行を介しても介さなくても、していることは同じです。 ただ、その借金を「誰から」しているのか?  私がその店から借金をしたのであれば、私はその店にいつかマネーを返さなければなりません。 銀行を介さずにこのように個別の取引ごとに当事者間で借金を行う場合、返済手続きが複雑になってしまうでしょう。
どこかに「借金」を一括で管理する金融機関があると便利でしょう。それこそ銀行のような。 ただ、商品を売った側としては、買い手が財布の中にあったマネーを支払ったのか、借金で支払ったのかは関係ない。そこは重要な点です。
たとえば私が何か「お宝」を持っているとします。さて、そのお宝の価値はナンボなのか?  私が適当に値段をつけても、その値段で買ってくれる人がいなければ意味がありません。 実際に誰かが買ってくれたとき、そのお宝には「その値段分の価値があった "ということに"」なります。
「価値」は交換を行うことで顕在化します。

仮に私のお宝が「100」という値段で売れたとします。 このことの意味は何か? 
そのお宝の所有権が移動したとしても、お宝自体は消えていません。
つまり、私やそのお宝が存在しているコミュニティ全体の富の量は不変です。
さて、そのお宝は「100」という値段で買われたのでした。
それはつまり、そのお宝には「100」という価値がある、ということの証拠・既成事実です。
その取引が行われた時点で、そのコミュニティ内に「100」という価値が存在している、ということになった。
私の手元からはお宝が失われたけれど、代わりに「100」マネーが残った。
買い手の手元からは「100」マネーが失われたけれど、代わりにお宝が手に入った。

さて、その後、買い手はそのお宝を壊してしまった、とします。
すると買い手の手元からはお宝は失われ、「-100」マネーだけが残る。
一方、私の手元の「100」マネーには変化はない。
私の「100」マネーと買い手の「-100」マネーを合計するとゼロになる。
そして今やお宝は存在しない。
コミュニティ内のマネーの合計値はゼロ。お宝(その価値は100マネー)は消滅した。
コミュニティから「100」マネー分の価値だけが消えた。
マネーには価値の裏付けが必要です。昔はゴールドが裏付けでした。今は金本位制ではなくなっており、しばしば現代のマネーが「詐欺」と揶揄される所以となっております。 さて、仮想通貨を使う場合、価値の裏付けはどのように行うのか? その点でも結局、 円やドルのような既存のマネーとの「レートはナンボ?」というFXトークをアクティブにしておくのが「手っ取り早い」ということになってしまうのかな。
たとえば「A」という仮想通貨があったとして、AはAで独自の経済圏を形成してくれるとよいのでないかなぁ、と思うのです。 ただ、そこに至るまでが大変なのかな、とは思います。 つまりAに協賛して参加する事業者が増えてくれる必要がある。「うちの商品をAで売りますよ」という事業者が。 生活に必要な衣食住の全てがAだけで手に入るようになるまでの道のりは平坦ではないでしょう。 と、なってくると、結局、円やドルとの「換算レートはナンボ?」という話に持ち込むのが「手っ取り早い」のかな、とは思います。ミもフタもない。
私は仮想通貨には決して反対ではないのですが、さまざまな仮想通貨があってそれぞれに設立の理念を掲げつつも、 結局のところ円やドルなどとの「換算レートはいくらなのか?」というところに価値の判定基準が収束してしまうところが どうにも、なんとも、やるせない。
簡単な「ホームページ」の作り方の記事でも書いてみようかな。「ローテク短文書き捨てページ(ここのような)」を前提として。 レンタルサーバーの選定が一番のハードルかな。逆に言えばそこさえクリアしてしまえば。 ちなみに下手するとレンサバ紹介の段階で主旨を逸れてアフィリエイト記事になってしまうというダークサイドへの落とし穴が。
> ブックマークでいいじゃん!
そしてこれを言い出すと、行き着く先は「そもそも生まれてこなくていいじゃん」なのですよね。 「何も存在しないのではなく、何かが存在しているのはなぜなのか?」というやつです。 煩悩のさじ加減。そのさじに乗せるのは悪意か? それとも善意か?
>「フォロー」だって、ブラウザの「ブックマーク」でいいじゃないですか。
>元々そういう機能は誰のブラウザにもついてるのに。それじゃ何がダメなのかな?
いや、わかります。うまく言葉にできませんが、わかります。 その「それじゃダメ」な部分を「巧妙についた」システムが世間を席巻する、というわけです。 それを「わかった」上であえていいます。ブックマークでいいじゃん!
> SNSの類のものが流行ってますが、私の感覚からすると、どれも「面倒くさい」です。
「フォロー」だって、ブラウザの「ブックマーク」でいいじゃないですか。 元々そういう機能は誰のブラウザにもついてるのに。それじゃ何がダメなのかな?
>「レンタルサーバーにテキストファイルをアップロードする」のが結局一番「気楽」です。
その場合「つながれ」ない、というのが課題にはなりそうです。 私としては「リファラーでいいじゃん」と思うのですけど、すると「リファラースパム」が問題になってくるのかな。 しかしそれを言い出すとキリがないんじゃないのかな。
>> SNSの類のものが流行ってますが、私の感覚からすると、どれも「面倒くさい」です。
>「思ったことを手軽にネットで発信できる」というのは便利なことだとは思うのですよ。
>しかし、それを実現するために、あれこれを「お節介」な機能がついて、全然「手軽」じゃなくなってる。
そういう中でも某さえずりツールが「比較的一番ラク」な部類に入る、のかな、とは思います。 が、それでさえ、私の感覚からすると、明らかに「面倒くさい」です。
> SNSの類のものが流行ってますが、私の感覚からすると、どれも「面倒くさい」です。
「思ったことを手軽にネットで発信できる」というのは便利なことだとは思うのですよ。 しかし、それを実現するために、あれこれを「お節介」な機能がついて、全然「手軽」じゃなくなってる。 「レンタルサーバーにテキストファイルをアップロードする」のが結局一番「気楽」です。 私の感覚ではそうなのですけど、こういうのを「難しい」と感じる人が大半なのでしょうか?
> SNSの類のものが流行ってますが、私の感覚からすると、どれも「面倒くさい」です。
> そんなものより「ホームページ」+「リファラー」が最強です。
某さえずりツールにはリファラーを見る機能はあるのでしょうか? あるのなら、このページからリンクして踏んでおけば、 あなたのことを気にしてますよという旨が伝わると思うのですけど。 え? リファラースパム? それはまた別の問題、ってことでとりあえずダメですか?
> SNSの類のものが流行ってますが、私の感覚からすると、どれも「面倒くさい」です。
> そんなものより「ホームページ」+「リファラー」が最強です。
と、私は思うのですけど、これだと「つながれない」というわけなのですよね?  いや、だからその「つながり」の「形式」がですね、それぞれのSNSなりブログサービスなりのメーカー側の「型」にハマったものになるじゃないですか。 そういうのが、私が上記で言った「面倒くさい」の意味です。
SNSの類のものが流行ってますが、私の感覚からすると、どれも「面倒くさい」です。 そんなものより「ホームページ」+「リファラー」が最強です。 あえて「ウェブサイト」ではなく「ホームページ」と言いました。いや、どっちでもいいのですけど。「個人の」というニュアンスで。
> 私は某さえずりツールを使ってないのですが、見ることはあります。
> それで今ちょっと、すごい気になる人がいて、ご挨拶したいなと思っているのですが、どうしようかな。
シンプルに「メールを送る」という機能があってくれるといいのに。 いや、メールってのも「重たい」のかな。 かと言って私に言わせると、特定の人にメッセージを送るためだけにユーザー登録してネット上に書き込みを公開しなきゃいけない方が「重たい」気がするのです。 そうこうしている間にもその人の側では刻一刻と変化が。早く「関わり」たい。
> いわば「投げ銭アフィ」
もう1つ重大な問題として、広告主がいない場合はどうするのか?  拍手感覚で手軽に「金」をあげることができる仕組み、というのが目的なわけですが、 結局、その金はどこから出てくるのか? ってことです。 それをアフィリエイトと同様に「広告主」に求めるということなわけですが、 それは常に存在していてくれるのか? ってことです。 「常に」とは「閲覧者が "投げ銭" したいと思ったときにいつでも」ということです。 自分でこういうサービス始めようと思ったとき、まずは広告主を確保しないといけないですよね。簡単ではなさそう。まさか私やるつもりなの? うーん。だから、そこがね。
> 「"純粋な" 拍手ボタン」と「見せかけて」、クリックするとケバケバしい広告がビロ〜ン、
そもそも「広告」といえば「見るのもおぞましい」ものばかり、というのはどうしてなのでしょうね? そんなだから 「ブロック」したくもなるし、金でももらわなきゃ見たくも載せたくもない、ということになる。 人を不快にさせることを前提として経済が回っている、というのは根本的に病んでいると言わざるを得ません。どうしましょう。
> ウェブ投げ銭
> 残る問題があるとすれば「嫌儲」かなぁ。
あと、広告を出す側にも「そういうシステムですよ」という了解を取り付ける必要はある気がします。 従来のアフィリエイトって、「意図的にクリックさせるのはイカサマ」という「文化」がありますよね。 その点、いわば「投げ銭アフィ」は逆なのですよ、ということです。 「それでもいいから」と広告主に了解してもらう必要はあるでしょう。
> ウェブ投げ銭
> 残る問題があるとすれば「嫌儲」かなぁ。
そこは事前に了解が得られるような名称なりなんなりにしておく必要はありますよね。 「"純粋な" 拍手ボタン」と「見せかけて」、クリックするとケバケバしい広告がビロ〜ン、というのでは 「私の気持ちを弄んだのねキィ〜〜!!!」なわけですよ。
> ウェブ投げ銭
残る問題があるとすれば「嫌儲」かなぁ。 たとえばあるコンテンツを見て純粋に「これおもしろい!」と思った人が「拍手」を押す。 するとアフィリエイトのケバケバしい広告がドバーンと表示される。 なによ! せっかくピュアなハートで拍手してあげたのに、私の気持ちを弄んだのね! 許さない許さない許さないぃぃぃぃ!!!  って感じになりませんかね?
> ウェブ投げ銭
じゃあ、いわゆる「拍手」的なボタンを押したときだけ広告が表示されるようになっていたらいいのではないのか?  望まない広告が表示されてうっとうしい、という問題はない。 それでいてサービス内容自体は従来のアフィリエイトと同様なのでASPによるポイントの一元管理と最低出金額の設定で手数料の問題も回避可能。 もしかして、なかなかいいアイディアではありませんか? やろうかな。すでにやってるところあるのかな? あるならあるで、利用してみたいな。さて。
> ウェブ投げ銭
ハードルの低さという観点では、アフィリエイトは優秀ですね。 何しろ「ただそのページを表示するだけ」ですからね。事前に何かに登録しているという必要がありません。 このお手軽さ(だけ)は他の追随を許さないものがあります。 と同時に、望まないのに広告が表示されてうっとうしいという点でも他の追随を許さない。
> ウェブ投げ銭
> NSP(投げ銭サービスプロバイダー)とでも言うべきものを設立
しかもこの方式だと、おそらく、投げ銭を「する」側も対応するNSPにユーザー登録している必要がありそうです。 それは投げ銭としては「ハードルが高い」んじゃないのかな。
> ウェブ投げ銭
仮にアフィリエイトにおけるASPと同じように、NSP(投げ銭サービスプロバイダー)とでも言うべきものを設立して 同じように「ポイント管理&最低換金額」という方式を導入するとして……。 そのNSPの側に、わざわざそんなことをするインセンティブがあるのか? って点が問題になってくるのかな今度は。困ったな。
> ウェブ投げ銭
小額決済がネットでは難しい、という問題があるわけですが、 いわゆるアフィリエイトの場合は提供会社(ASP)の側で中央集権的にポイントを管理して「最低換金額」を設定することで 手数料の問題を回避しています。 「ウェブ投げ銭」はその理念上、どちらかと言えば P2P なので、そういうのとは相性がよくないのかな?
> ウェブ投げ銭
実際、投げ銭的な使い方を想定して作られた暗号通貨、というものもあるみたいです。投げ銭というか「寄付」ですね。 たとえばPINKコインとか。実際、そこそこ想定通りに使われているような実績もあるようです。 しかしそういうのって、コインの値段が低いからこそ可能な「お遊び」なんじゃないかという気がするのですよ。 仮に今後そのコインの価値が上がったとき、果たして同じようなことができるのか? 今現在、 そのコインの創設の理念に則っている人は別かもしれません。が、値段が上がると「金のニオイ」につられて多くの人が「参入」してくるでしょう。 そうなってしまうと、もう「美しい理念」は維持できないんじゃないのか? 結局、 実質的には何の価値もないただの数字だからこそ可能な「お遊び」なのではないのか。
> ウェブ投げ銭
一時期、モナコインでの投げ銭が一部で流行っていたことはあったようです。投げ銭に限らず、わりと気前よくバラまく、みたいな。 しかし最近はモナコインの値段も高騰してしまって、そんな使い方はちょっとできない感じがします。今でもやってる人いるのかな?
> ウェブ投げ銭
ネット上での小額決済が難しい、という問題は今でも解決されているとは言い難いですよね。 暗号通貨を使うと手数料はだいぶマシになるのかな、という印象はあるのですが。 じゃあ暗号通貨を使った投げ銭システムが流行っているかと言えば、私の知る限り、少なくとも流行ってはいないと思います。
昔はウェブ投げ銭のようなものを設置しているサイトをときどき見かけましたが、最近はすっかり見かけません。 「拍手」や「いいね!」のようなものはむしろ定着している感があるのですけどね。 ぶっちゃけ、そういうのをもっとダイレクトに「金」に換えられないものだろうか? という話。
> ユーザーのPCを暗号通貨のマイニングに利用させてもらう、というウェブサイトの収益モデル
あともう1つ最大の問題は、私自身があんまりそういうのが好きじゃなかったりします。 マイニングとか暗号通貨とかブロックチェーンとか、あんまり好きじゃないんですよ。あんまり。 アクセス数を金に変える収益モデルには興味があるのですが、この手法はあんまり乗り気になれません。あんまり。
> ユーザーのPCを暗号通貨のマイニングに利用させてもらう、というウェブサイトの収益モデル
しかしマイニングって、ちょっとなんていうか、すでに「イマドキ?」という感じがしなくもない。 流行現象としてはすでに廃れてる気はします。まだマイニングの難度が低いアルトコインは山のようにあるでしょうけれど、 それらを乗り換えつつやっていくとして、今後末永く続けられる収益モデルになりえるか? という疑問はあります。
> ユーザーのPCを暗号通貨のマイニングに利用させてもらう、というウェブサイトの収益モデル
どこかの大手がマイニングプールのような形でやってくれると、アフィリエイトのような形でおこぼれを分配できるようなサービスになるかもしれない。
> ユーザーのPCを暗号通貨のマイニングに利用させてもらう、というウェブサイトの収益モデル
私が見たのは「無断でユーザーのPCを利用していてハッキングだ、ケシカラン!」というようなニュース記事でしたが、 あらかじめユーザーの了解をとった上であれば問題はないはず。 残る問題は技術面かな。広告を載せるよりも技術的なハードルは高い。
アクセス数を金に変える収益モデルといえば、なんだかんだ言って、 結局、広告しかないんでしょうか? なんだかすごく「原始的」というか。他にもっとないの? と思ってしまうところです。 そう思って調べていたら、ユーザーのPCを暗号通貨のマイニングに利用させてもらう、というウェブサイトの収益モデルがあるのですね。なるほど。
私は某さえずりツールを使ってないのですが、見ることはあります。 それで今ちょっと、すごい気になる人がいて、ご挨拶したいなと思っているのですが、どうしようかな。 プロフィール欄にブログ的なもののリンクがあったのでそちらでコメントを書けないかと思ったのですが、 そちらはそちらでそこのアカウントを持ってないとコメントが書けない仕様のようです。 どうしようかな。捨てアカを作ろうかどうか。 いや、それよりも気になるのは、なんていうのか、私こういうサイトを作ってるので、 なんか「営業」みたいになってしまうのはイヤだな、ってことです。どうしようかな。
> 実質的に無料でやりとりしているのと同じなのではないか?
それを言い出すと通常の通貨だって同じようなものということになってしまいそうです。 モノやサービス自体は世の中に存在している。それを人々に行き渡らせる前に「お金」というものを挟む意味は何なのか? ということです。 さて、何なのでしょうね。
「面倒くさいと感じる」=「やる必要ないんじゃないかと心の底では思ってる」ということです。 Swift Demandの価値を否定する意志はないのです。ただ、なんていうのかな、 デフォルトでBIが組み込まれてるということはある意味、誰もがほぼ無制限にお金(というかポイント)を持っているということです。 そういうポイントでモノやサービスを売り買いするというのは、実質的に無料でやりとりしているのと同じなのではないか? という疑念が頭をもたげた。 にもかかわらず、そこに仮想通貨だとかAPIだとか言った「手の込んだ仕掛け」を介在させる意味は何なのか?
Swift Demandの公式サイトを見てたんですが、APIがあるんですね。決済サービスなんかを作れるっぽい。 面白そうだなと思うと同時に、なぜか面倒くさいと感じてしまった。なぜでしょう?
というわけで、政府発行ですらない仮想通貨でBIを実施する場合、 通貨の流通量と世の中に存在するモノ・サービスの多寡とのバランスの行方はどうなるのでしょう? 一種の 市場原理的なメカニズムが自然発生してそこそこうまくいく算段、ということだったりするのでしょうか?
> 通貨発行タイプのBIは「銀行ではなく」「政府が」通貨を発行する、という点がキモなのだと思っています。
つまり国内のモノやサービスの多寡とのバランスで国民の購買力(=通貨の流通量)を政府が管理するということです。 そういうことが可能なのは政府を置いて他にないであろう、ということです。 もちろん政府そのものではなく分権した機関をおくとか、実施上の工夫はあるとよいのかもしれませんが、 少なくとも銀行に任せていい業務ではない、ということです。
通貨発行タイプのBIは「銀行ではなく」「政府が」通貨を発行する、という点がキモなのだと思っています。 その点、銀行でないばかりか政府でさえもない下記のような仮想通貨でそれを目指すというのはどうなのだろう?
仮想通貨でBIを、という実験的な試みはいくつか存在するみたいですね。Swift Demandとか、Cicadaとか、grantdoin とか。 私はBIは通貨発行で明日からでも実行するべきだと常々思っていますので、こうした試みには興味があります。
>わざわざ人間の心の弱い面を煽って依存させるような仕組みにしているようなフシがある。
しかし、特に某さえずりSNSのようなものはそれ自体の機能面だけでなく 「ユーザー数が多い」ということ自体が「そこに参加する価値」になっています。 そしておそらくはああいう「確信犯的なシステム」のゆえに多くのユーザー数が惹きつけられているという事実があるのであり、 つまり、その「おかげ」で「参加する価値の高い」場所になっている。 それを思うと、どうにも、なんとも、やりきれません。
某さえずりSNSですが、機能としては申し分ない感じがするのですが、 致命的にイヤなのは「フォロワー数」のようなものが公表されているところです。 そういうのは情報として本人にだけわかればいいはずのものですが、わざわざ全員に数字が見えるようになっている。しかも結構目立つ位置に。 ああいうのっておそらく確信犯なんだろうな。システムの設計として。 わざわざ人間の心の弱い面を煽って依存させるような仕組みにしているようなフシがある。
それからもう1つ、外部のブログサービスやSNSを使いたくない理由ですが、 自分が管理していないサーバーに自分の文章を保存することに抵抗がある、ということです。 要は「削除できるのか?」ということです。 どうせこのネット社会の中でそんなことを気にしても仕方がないと言えば仕方がありませんが、気にはなります。 ちなみにこれと同じ理由で、他の人のブログにコメントを書き込むのも抵抗があったりします。 オーナーにだけ見える非表示設定で書き込ませてもらうことならたまにあるのですけど。
ブログの記事一覧の表示形式件ですが、blogspotかな? あそこはシンプルな感じですね。
するとアレですかね、カタイこと言わずに初期ポイントをつけた方がいいのかな。 「今なら登録だけで○○ポイントぉ!」とかいう脂ぎったやつ。脂ぎってますよねぇ。 しかしこれはねぇ、サイトの主旨というかシステム自体に対する誤解を招きかねないのでやりたくはないですねぇ、あんまり。 ただでさえ出自としてトラ以下略の呪縛を背負っているわけですから、そういう「怪しげな」ノリからは距離を置いておきたい。 いや、だからそれが「カタイこと」だって言ってるわけですよね。さて、どうしましょうね。
もちろん気休めの登録だけで終わるのではなく、積極的に「使って」欲しいのですけれど、 少なくとも登録してくれる人が増えないことにはどうしょうもない。それこそ、気休めでもいいから「一応登録だけでもしとくか!」 ってなノリでバンバン登録してもらいたいところ。 さしあたっての盛り立て戦略の方向としてはそこなのではないか。
そういうところに比べると単に気休め的に登録して終わりというのではなく、実際に「アクセスを産む仕掛けが」存在しているわけですから、 その点では確実にうちの方にアドバンテージがある。そこは間違いない。 ただ、トップページというかサイトの「体裁」を見たときに「よっしゃ、一応登録だけでもしとくか!」と思うような感じではない気はします。 その点では確実にうちのサイトは今、「残念な」ことになっている気はします。
それでも利用者(=登録者=宣伝を望むサイトオーナー)はそれなりにいらっしゃる。 つまり実際の効果のあるなしは別として、そういうサイトを「見た」ときに「よし、一応登録しとくか」 という気にはなるような何かはある、と言えます。
そういうところっていうのは、もう本当、言うのは申し訳ないのですけど、 額面上の「検索エンジン」としては明らかに意味をなしていなくて、 登録に来るサイトオーナーさんたちだけでそのサイト自体のアクセスが回っている状態。
さしあたりそこを前面に出すようなふうにしていくのがよいのかなぁ。どうでしょう。 具体的に言うと、もっとこう、カテゴリーを細分化して、手動登録式の検索エンジンっぽい体裁にする。 今でもそういう手動登録型の検索エンジンってないこともないですよね。「宣伝用」を謳ってはいるけれど、 実際、「効果があるわけがない」。だけど新着リストを見る限りでは登録してる人自体はそこそこいらっしゃるみたいだぞ、という感じのサイト。 ありますよね。
このサイトの現状。うたい文句として「即効性がある」と言っているのですが、 ユーザーが本当にもう少ないので、事実としては「即効性がある」とはちょっと言えない。 そこはもう本当に申し訳ないところ。 とは言いつつ、登録してポイントをある程度確保しておけばたまには誰かがアクセスしてくれるかもしれない。 やっといて損はない、とは言えます。
とかなんとかあれこれ考えて、結局「要はBIがあれば片がつく!」というところに着地してしまう。 そして「しかし(今は)BIがない」という景色に取り囲まれる。やはり偽札を作るしかないのか。おおっと犯罪予告。
で、人が集まることでそれ自体が「チャンス」になったりもする。思念が具現化した。ウィッシュがカム・トゥルーした。
しかし、いわゆる「お金が手に入る系のサービス」って、実際にお金が手に入るかどうかよりも、 「お金が稼げそうな雰囲気」に人が集まるような面がありますよね。 いわゆる「カネのニオイ」というのでしょうか。
うちの場合、ポイントならいくらでもあげることができますけれども、ポイントはお金じゃないからなぁ。
人にお金をあげることができたらいいのになぁ。おっ、まるで何かの例文みたいですね。I wish I could~ だぜ。
> 「労働の対価でしか金がもらえない」という現状に嫌気が差している。
そういう現行の制度もやはりまた銀行の信用創造詐欺と関係が深いわけで、そこもまた仮想通貨に注目が集まる理由なのだろうな。
> それは仮想通貨そのものの機能的な性質とは別のものなのですけれども、流行の事実上の意味合いとして。
つまり「なぜ "手を出す" のか?」といえば、ぶっちゃけ、デイトレードで一攫千金狙いなわけですよね? いわゆる 「労働の対価でしか金がもらえない」という現状に嫌気が差している。
仮に、仮想通貨の投機熱が落ち着いて従来の通貨と同じように単なる「支払い手段・賃金」と同じものになってしまったとしたら、 それほど大騒ぎされるようなものではなくなってしまうような気がします。 銀行の信用創造の埒外にある、というだけでなく、いわゆる「労働の対価」とは文脈を異にしている、という点が 仮想通貨の流行の一因だったりするのかも、という気が少ししました。 それは仮想通貨そのものの機能的な性質とは別のものなのですけれども、流行の事実上の意味合いとして。
仮に、仮想通貨の投機熱が落ち着いて従来の通貨と同じように単なる「支払い手段・賃金」と同じものになってしまったとしたら、 それほど大騒ぎされるようなものではなくなってしまうような気がします。 銀行の信用創造の埒外にある、というだけでなく、いわゆる「労働の対価」とは文脈を異にしている、という点が 仮想通貨の流行の一因だったりするのかも、という気が少ししました。 それは仮想通貨そのものの機能的な性質とは別のものなのですけれども、流行の事実上の意味合いとして。
最近流行りの仮想通貨っていうのも、そういう意味では「ある意味偽札」なのかもしれません。 だから、そういう「通貨」がどういう形で流行っているかといえば、もっぱら投機市場で流行っている。 つまり「労働の対価」ではない、ということです。 「労働の対価」ではない「交換価値」が求められている、という現状の反映なのかもしれません。
モノやサービスがなくて困ってる人っていうのはあんまりいない。でもお金がなくて困ってる人はたくさんいる。 お金を得るには労働をしなければならない。 でもモノやサービスは余っているから労働の需要がない。 だから「お金が手に入るサービス」という倒錯したものに需要が生じる。 世の中は完全に倒錯している。 だからさっさとBIを導入すればいいのにって常々思うのです。 早く導入しないと偽札作ってバラまくぞコラ。おおっと犯罪予告。
それにしてもお金が欲しい。
何に需要があるかと言えば、お金に需要がある。 モノやサービスではない。お金に需要がある。 倒錯です。話はすでにすっかり倒錯しているのです。 「お金が手に入るサービス」っていう表現の倒錯っぷりは何なんだ。 だからさっさとBIを導入すればいいのにって常々思うのです。
なんか「お金が手に入るサービス」が流行ってる感じですね。 クラウドソーシングとか、中古品の売買とか、文章を販売する機能がついてるブログサービスとか。 FXとか仮想通貨のトレードなんかも広い意味ではこうした流れに含めて考えることができるかもしれません。 うん、お金欲しいですもんね。そりゃ確かに。そりゃ確かに、そういうサービス需要大きいですよね。
この星が誰もが幸せでいられる場所であって欲しい。
何が困ったか? 私は誰の味方をするべきなのでしょう? 率直に思うのは「それの何が悪いのさ!」ということです。 だってそうでしょう? どうかあなたが幸せでありますように。 でもきっとここで想定している「スパム行為」というのは私が思い浮かべるような「かわいらしい」ものではなく、 もっと毒々しいものなのでしょうねぇ、きっと。 でもやっぱり思うことは1つなのです。どうかあなたが幸せでありますように。
そう思いつつ、何気なくはてなブログのページを眺めていたら下部の方に「報告する」というフォームがあって「スパム行為」という選択肢があるじゃないですか。 困ったな。
で、だったら私もはてなブログで出張記事を書いてみようなー、なんて一瞬思ってしまったのですけど、 だからその「だったら」ってところが「不純」なわけですよ。
はてなブログだったかな。先日たまたま何かで検索したらわりと上の方に出てきたのがはてなブログのページだったんです。 驚くべきはその記事の作成日が「その日」だった、ということです。そんな迅速にインデックスされるものなんですね。
ただ、決定的に1つ言えるのは、やはり、「こうして」ここに自分の好きに使えるサーバーがあるのに、 その上で外部サービスのブログやSNSを使う意味と言えば、「不純な」意味にしかならないよなぁ、ということです。
念のために言っておくと、以下に書いたのは「私が」外部のブログサービスをあんまり使う気になれない理由ということであって、 使ってる人のことを批判する意図は全くないです。気を悪くさせてしまったらごめんね。
外部のブログサービスをあんまり使いたくない理由。もう1つ。 これも「広告」の一種のようなものかもしれませんが、「あなたにおすすめ!」とかいう名目で他のブログへのリンクが表示されたりするものがありますよね。 いや、でもそういうもののおかげでトラフィックが流通しやすくなるのかな? 私そういうの好きなんじゃなかったの? うーむ。
外部のブログサービスをあんまり使いたくない理由。もう1つ。 これは私が普段他の人のブログを拝読するときも常々思っていることなのですが、記事のリストがない。 ないこともないのですけど、一目瞭然のシンプルな「目次っ!!」というものを見たことがあんまりありません。 記事のタイトルだけがずらっと並んでいるようなやつ。 それが実際「便利」「機能的」かどうかはさておき、なんだかんだ言って結局一番「気楽」で「風通しがしいい」表示方法なような気がするのですが、どうなのでしょうね。 私以外の人たちはどう思っているのでしょう。 自分でもいくつかブログサービスを使ってみたことがありますが、結局思い通りにそういうふうにできたことがないような気がします。 ともかく、そういうふうな「目次」を表示しているブログってあんまり見たことがありません。 ゼロではないので、ブログによっては/設定によっては 可能なのでしょうけれど、 でもこれって「あれこれ工夫した上で実現するもの」ではない気がするのですよ。 むしろデフォルトがそれじゃないというところに「なんで???」と違和感を感じてしまう。
外部のブログサービスをあんまり使いたくない理由。 まず、広告が表示されてしまうこと。無料サービスなら出ちゃいますよね広告。 せっかく広告が出ないサーバーを「こうして」使ってるのに、わざわざ外に出て行って広告が出てしまうのはなんだか面白くありません。
宣伝のためには敢えて外部サービスのブログやSNSを利用することに一定のメリットはあるでしょう。 つまり自サイトへのアクセス流入の経路を得る、ということです。 だからそれは「外部のサービス」であること自体に意味がある。あるいは「出張所」「外回り」。 自サイトのドメインの内部にコンテンツをとどめておくのではなく「外部」に出すことに意味がある。 それはわかってるんですが、しかしなぁ。なんだろう。積極的に「よし! それだ! それやろう!」という気になれない。 どうしてかな。うまく言えそうで言えない。理由はあれこれ言えるんですが、何を言っても「うまく言え」る感じじゃない感じな感じ。 パソコンで書くと「漢字」になりがちなんですよね〜。とか思ってるうちに「感じ」が変換のトップに出るようになった。フェイントかっ!
正しいことがしたい。正しいことだけしたい。 どんな理由があっても間違ったことが正しいことになるはずがない。 どんな理由があっても悪いことが善いことになるはずがない。 正しいことがしたい。善いことがしたい。 例えば世紀末善人伝説をプレイしたい。例えばあなたの幸せを願いたい。 ああ、どうか。ああ、どうか。 あなたが幸せでありますように。
日誌ページに書く内容はいわゆるウェブサイトの宣伝手法とかそっち系の話に限定するつもりだったのですけど、 それに限定すると書くことがなくなってしまう。もうなんかどうでもいいや。どうでもいいのかよ。
それにしても、今このサイトに来てくれてる人には申し訳ないなぁ。 アクセスを増やすためのサイトのはずなのに、このサイト自体にアクセスが少ないんじゃしょうがない。 なんとかしたいところではあります。
何か「参加者同士で更新記事を融通し合える仕組み」のようなものがあると面白いのかな。 実はすでにある? ドンピシャではなくとも「よく考えてみればあれってある意味」というレベルで。
「まとめサイト」なんかが典型だと思いますが、「他人の労力を利用する」ことで繁栄する、といったことが目立っているようには思います。 良し悪しは別として、そういう戦略が有利に作用するという現状ではあるようです。
「特別企画」と称して記事を上げたわけですが、その間、日誌やここを放置してしまっていたのは残念なところ。 こういうページは放置したままにしておくと余計に「放置されてる感じ」を増幅されてしまいますからね。 私が何人もいてくれたらいいのですけどねぇ。残念なことに私はこの宇宙に一人しかいないのでした。 世界の人口って今何人でしたっけ? それだけいるんだから私だって何人もいてくれてよさそうな気がするんですけど一体どういわけでしょうね?  ああ、だから結局「外注のライターを雇って大量生産」ということになってくるのか。
それよりは個々のブログが独自ドメインという形で分断されていた方が御しやすい、というわけです。うわぁ、分断統治ですか。
たとえばもしも仮に、そのブログサービスの内部で書いていればビジターの獲得には全く困らず、 そこでは豊富な情報がすぐに見つかるから検索エンジン(G社の)も不要、というような「超理想的」なブログサービスがあったとしたら、 それはG社にとっては「面白くない」んじゃないでしょうか?
> しかしWordPressの方がSEOに有利っていう怪情報の出所はどこなんでしょうね?
これもまた「陰謀論」なのですけど、そういうことになっていた方がG社にとって有利、という気はします。 有利というか、既存のブログサービスのような「自社以外の組織傘下のネットワーク」が大きくなるのが気に入らない、 というような性向は見受けられる気がします。Gさん。
素直に既存のブログサービスの内部で書いてた方が、更新情報とかその他のメンバー間の連携サービスとかあるだろうし、 その方が人間のビジターにはアピールしやすそうな気がしてなりません。 結局、人間のビジターにはアピールできないような内容のブログ(アフィリエイトばっかりとか)が「SEOに走る」ってことなのかな。
WordPressだからいいというより独自ドメインの方がSEOに有利って話なのかな? 確かに、既存のブログサービスだとそのブログサービスのドメインになりますからね。 しかしそれを言うなら、取得したてでどこの馬の骨かもわからない新規ドメインよりも 名の知れたブログサービスのドメインの傘下に入っておいた方がいいんじゃないの?
しかしWordPressの方がSEOに有利っていう怪情報の出所はどこなんでしょうね? いや、なんとなくそういう風潮があるとは思うんですけど、 実は誰もそんなこと言ってなくて私の勘違いなのかな? 下手な場所でこんなこと言うとSEO警察のお兄さん方に狙い撃ちされそうですね。
WordPressには記事を作成したときに他のSNSにも同じ内容で投稿するような連携機能があるんでしたっけ?
だったら最初っからそっちで書けばいいんじゃないの?
っていうか同じ内容のものがネット上に複数あったら「SEO的に悪い」んじゃなかったでしたっけ?
結局「SEO」という話になると、人間のビジターにアピールするよりも検索エンジンのロボットを気にするようになってしまう。
実際、困るんじゃないんでしょうか? WordPress使い始めた人向けの「アクセスアップ」の方法を書いてる記事を見かけたことがあります。 既存のブログサービスと違って放っておくとビジターの流入経路がないから対策が必要、みたいなことが書いてあった。 アクセスを求めてWordPressにしたはずなのに、そのせいでアクセスに困ることになるって面白い。
だからそこが「SEO」の「SEO」たるゆえんですよ。
「その方が検索順位が上がる」ってことなのでしょう? 「人間は見ないけど」ってことです。
SEO界隈ではWordPressが推奨されてるみたいですが、どうなんでしょうね? だって、 既存のブログサービスの傘下に入らないわけですから、 ブログサービスの新着情報とか更新情報とかのビジター流入の経路がないんじゃないんですか?
いわゆる「ブログ」は使いたくない。 だって、ウェブサイトがあるのに、なんでわざわざ? って話ですよ。某さえずりツールも。 いや、わかりますけどね。わかりますよ、「わざわざ」の理由。わかるんですけどね。わかるんですけどね。
>「ある」という錯覚。
物質とは他者と共有できるものの別称であり、 つまり他者とは物質が成立するための基盤とも言えます。 宇宙が始まる前の一者から終わりなき細分化・物質化の方向へ。 「1つの自己と複数の他者」という精神の形式のもとで物質化を進めるほどに原初の一者は背後へと遠のいていく。
その果てに何を目指しているのか? 原初に何を願っていたのか? なぜここへ来たのか? どこへいこうというのか?
>「HTML > ブログ > 某さえずりツール」
それを言うなら、「HTML」のさらに左側には何があるのか? その方向へと極限まで伸ばしていくとどこへ遡るのか? きっと宇宙の始まりの無に戻るのでしょう。 してみると右方向への細分化の過程は物質化の過程であり、 物質とは他者と共有できるものの別称であり、涅槃の対立軸であるところの煩悩とはつまりそういうことか。

「ある」という錯覚。
>「普通のブログで短めの文章で頻繁に投稿したって同じじゃないの?」
シンプルに言えば「HTML > ブログ > 某さえずりツール」なわけですが、 そうした線形的な配列から飛び出して個々別々の次元軸へ伸びていく。 それは一種の誤謬に違いないのですが、大勢の人々が同じ次元を共有した結果、物質化してしまう。
結果としての「今」に適応するならブログに限らず某さえずりツールに限らずSNSに限らずネットに限らず何でもそうなのですけどね。 で、じゃあ結果として現前にある、「ある」ということになっている「それ」は何なのよ、という話。 そして「それ」の前に立つ私は何なのよ、あなたは何なのよ、という話。
それを言い出すと「ブログ」だってそうでしょう?
よくテキストサイトとの比較で語られます(ました)が、なぜ「ブログ」である必要があるのか? という素朴かつ根源的な疑問です。
初めてあれを見たとき「普通のブログで短めの文章で頻繁に投稿したって同じじゃないの?」 と思ったのは私だけだとは思えないのですが、どうなのでしょう?
某さえずりツールの存在は存じ上げてますけれども、 なんで「あれ」である必然性があるのかな???
いや、わかりますけどね。わかりますよ。わかるんです。
敢えて日付は載せません。
あなたが見たそのときがあなたにとっての最新です。
次に見たときに見覚えのないものがあったら更新されてたってことです。それでいいじゃないですか。
ちなみに新しいものが上です。古いものが下です。
メモ的なものをここへ書いていきます。
ある程度まとまった長い文章は「運営日誌」の方へ書いていきます。
"まとまって" いるかどうかはさておき。
よし。 超ローテク「短文投稿ページ」完成。
書き込みテスト3
二行目
書き込みテスト2
書き込みテスト1