ページ数を増やすこととアクセスを増やすことに何の関係があるのかないのか? (2017/11/14)

そんなわけでこうして運営日誌的なものを書いていこうかなと思っているわけですが、
目的は何かと言えば、そうした方がアクセスを増やしやすいのかな、ということです。

しかし本末転倒なのですよね。

モノがあるから見て欲しい、から出発して、見て欲しいからモノを増やす、になっている。

いや、だからその「もともと見て欲しいモノ」と「それを見てもらうために増やすモノ」は別物なわけですけれども、本命のために別物を増やさなければならないのは、やっぱり何かが転倒している気がしてなりません。

ネットの性質上、そうすることに意味がある、というのはわかります。

まず、訪問してくれた人のために、関連する情報はできるだけ多くそろっていた方がいい。来るたびに同じなのではなく、新鮮な方がいい。そりゃそうだなと思う。自分が見る側の立場だったとしてもそうだろうと思う。

ただ、どのようなサイトでもそうするのが適切というわけではない、とは思います。
たとえば商品を1つ販売するためだけのページ、とかね。あるいはネットショップなんかの方が例としては典型的かもしれません。アクセスを増やすために「ブログを作れ」というSEO業者からの指示があったりするわけでしょう? もちろんブログ自体はあっても全然悪くないとは思うのですけど、やっぱり本と末が微妙に転倒してる感じがしてしまいます。

さて、ここまでは「訪問してくれた人に楽しんでもらう」という観点での話です。実際には、そもそも訪問してくれる人自体が少なくて困る、というケースの方が多いでしょう。
それで結局「いかにして検索エンジンからの流入を増やすか」という話にならざるを得ません。

ただ、この「検索エンジンからの流入を増やす」というときに、意味が2通りに分かれます。いわゆる「SEO」というやつを目的にするか・しないか、です。

まず「SEO」というわけではない例です。
以前あるサイトを見ていたとき、そのサイトのテーマとは全然関係ないようなページがあったんですよ。
どんな内容かというと、たとえば「キーボードの掃除の仕方」とか「マウスの接触が悪いときの直し方」とか、誰でも一度は検索しそうな日用的なものです。つまり検索エンジンでそのページが検索されて、あわよくば本ページの方へも人が流れてくることを願って、ということなのでした。

検索エンジンの特徴として、「サイト内部のページへ直接飛んでくる」というものがあります。トップページからお行儀良く入ってきてくれるわけではない。そこを意識してのアクセス集め、ということですね。

これはわりと素直に理解できます。決して「怪しげなテクニック」ではない。もちろん、度が過ぎると何のサイトなのかわからなくなって、これまた本末転倒なことになってくるわけですが、それでも、これは、そんなに変なことだという気はしません。なぜ変じゃないかと言うと、あくまでも人間を相手にしているからです。
検索エンジンを意識したアクセス集めの手法ではありますが、相手にしているのはあくまでも人間です。検索エンジンを使ってネットで情報を探している「人間」を相手にしています。

こういうのは別に「SEO」でも何でもない。
手広くいろんなページがあった方が、手広く訪問者を呼び込めるだろう、というシンプルな話です。仮に検索エンジンというものがこの世に存在しなかったとしても同じことは同じように意味を持つでしょう。

ところが、それが「SEO」という話になると、人間ではなく検索エンジンのロボットの方を相手にするようになってきます。

いわく、「ページ数が多いサイト=重要なサイトとみなされて上位表示される」という例のアレですね。
こうなると外注のライターを雇って品質度外視でページを量産したり、甚だしきはソフトウェアでランダムな文字列を生成してページを量産する、ということが横行します。
もはや作成したページを人間に見てもらうことが目的ではないということです。検索エンジンのロボットをごまかすことが目的になっている。そして「こうすると効果がある」「いやそれは逆効果だ」といった怪情報が飛び交い、ネット空間がますます荒廃する。

しかし結局、検索エンジンからの流入を期待する以外に夢も希望もない。そういう現代のネットの性質にこそ問題の根があると言わなければなりませんね。
とかなんとか言って書いているこの文章も、検索エンジンで検索されることを期待して書いているわけです。夢も希望もない。
いや別にサイトの順位を操作するのが目的というわけではないですけどね。そんな黒魔術みたいなことは「クソ喰らえ」です。っていうか人のサイトに勝手に順位なんかつけるな! 無礼な!

あくまでもこういうことに興味のある「人間」がこれを見て、ひいては当サイトの本来のコンテンツにも気付いてくれるといいなぁ、という皮算用です。ん? 皮算用って言葉の使い方、合ってますか?
こういうときは検索すると答えが見つかるのでしょうけれど、検索すると妙なお説教ページが上位に出てきそうでイヤなんですよねー。検索結果の見出しを見てるだけで心が汚れます。私のキレイな心を返せ。


どうか、あなたがキレイな心でいられますように。