お金は欲しいけれど悪いことはしたくない (2017/12/02)

お金を自分で作ることはできません。それをすると偽造になってしまいます。
お金は誰かからもらう以外にありません。
お金をもらうために誰かに何かをしなければなりません。

しかし今の世の中、ほとんどのことはすでに足りています。
私が何かを付け加えてやらなければいけないようなことはほとんどありません。全くないと言っても言い過ぎではありません。
そういう中で私が何かをすると余計なことになってしまいます。
余計なことは悪いことです。
悪いことをしなければお金がもらえない。
でも悪いことはしたくない。
でもお金が必要です。

お金を欲しがっているのは私ではありません。
私のまわりの人たちが私からお金を取ろうとするのです。
だから私はどこか別のところからお金を集めて来なければいけない。
しかしお金を集めてくるには「余計なこと」をするしかないのでした。

もちろん世の中には必要なこともあります。
誰かがやらなければならない必要なことです。
しかし全ての人がそれをする必要はありません。
必要ないだけでなく、不可能です。全ての人がそれをすることは不可能です。
全員がカウンターの内側に入ることはできないし、仮にそれをしたら客になる人がいなくなってしまいます。
人口が100人の国で100人全員がカウンターの内側に入ってしまったら客として店に来る人は0人です。
そういう中で人を押しのけてカウンターの内側に入るのは余計なことであり悪いことです。
しかしカウンターの内側に入らなければお金がもらえない。
悪いことはしたくないのに。

私がいなくても世の中は成立します。
私の存在は余計な存在です。
私は世の中には必要ありません。

「必要とされる」とか「必要とされるようになる」などというと「いいこと」のように聞こえるかもしれません。
しかし、もともと必要なかったのに必要であるようにしてしまうというのは迷惑なことです。
必要がないというのはいいことです。
私がいないと成立しないような世の中よりも、私がいなくても成立する世の中の方が、いい世の中に決まっています。
しかしその世の中では私はお金がもらえないのでした。

「私は必要とされていない」というと何か「私」の側に落ち度があるかのように聞こえるかもしれません。
しかし、仮に「私」が非常に優秀な人間だったとしても、
いつまでもそんな私がいなければ成立しない世の中よりも、いつかは私がいなくても成立する世の中になって欲しい。
「必要がない」というのは「いいこと」です。
しかしその世の中では私はお金がもらえないのでした。

どこかに「不足」がなければお金が動かない。
誰もが満ち足りている世の中ではお金が動かない。

「お金が欲しい」というのは「世の中の側に何らかの不足よ、あれ!」という呪いの思念です。
誰もが満ち足りていて誰も何も買う必要がない。そんな世の中は間違いなくいい世の中です。
しかしそういう世の中では「私はお金をもらうことができない」。

ところでお金を欲しがっているのは誰だったか?
そもそも私はお金が欲しいなんて思ったことはありません。
私のまわりにいる人たちが私からお金を取ろうとするのです。
だから私はどうにかしてどこかからかお金を調達しなければならなくなる。

しかしカウンターの内側は人であふれており、客は少ない。
不足しているのはむしろ客ではないのか?
しかし私はお金を持っていないので客になることもできないのでした。

必要なのは客だ。
必要とされることをすればお金がもらえるはず。
しかし自分が客になるとお金が減ってしまう。それでは困る。
自分の代わりに別の人を客として店につれてこようか?
しかし私のお金が減る代わりにその人のお金が減るだけです。それは迷惑なことです。悪いことです。
そもそも人なんてカウンターの内側にあふれているばかりで、どこからもつれてくることはできません。
そしてあきらめて帰ると郵便受けには公共料金の請求書が入っているのでした。

つまり私に「死ね」ということです。
道路を歩くなら税金を払えという。
しかしどこへ行っても道路が張り巡らされています。
では山奥へいきましょうか。え? ここも国有林ですって?
なるほど。地球から出て行くしかないというわけですね。つまり「死ね」ということです。
さらには死ぬことさえ迷惑であるという。
存在すること自体が迷惑ということです。

実際、生まれてきたこと自体が間違いです。
生きているから必要というものが生じてしまう。
生まれてこなければ何を必要とすることもなかった。
生まれてきたこと自体がそもそもの余計なことだった。
生まれてきた瞬間に余計なものになった。
生まれてきた瞬間に悪人になった。

後は悪人であることの罰を受けるのみ。
生きていること自体が余計なことであり、
生きていること自体が悪いことであり、
生きている限り罰を受け続けることになる。

今日も郵便受けには公共料金の請求書が。
生きている罰としてどこからかお金を集めてこいという。
お金を自分で作ることはできない。
お金はどこかで余計なことをして人からもらう以外にない。
生きている罰としてさらに悪いことを重ねろという。
生きれば生きるほど悪人になる。

悪いことなんてしたくないな。


以上を踏まえると、現状の最善手は自殺です。
もちろん生まれてこないことがベストでしたが、時間を巻き戻すことはできないのでそれはもう仕方のないことです。
現状での最善手は何かと言えば、自殺です。
だから、まだ自殺をしていないという事実を指摘して批判されるなら、
私から返すことのできる言葉は1つもありません。
1つだけ言えることがあるとすれば、そのように私を批判するということは、あなただって(まだ)自殺してないってことでしょう? ということです。
しかし私はあなたに死んで欲しいなんて思っていないんです。
だからやっぱり私から言い返すことのできる言葉は1つもありません。

一緒に生きませんか?



言っておきますが、こういう中で「プレイヤーとして上手くやり抜けるコツ」なんて興味ありません。
そういう話にはウンザリだ、という話をしています。
そんなことをしなきゃならないような世の中の仕組みがクソだ、という話をしています。

一緒に生きませんか?